【DHBR】顧客ニーズに合わせるだけでなく、 現場発でみずからニーズをつくる ―YKK代表取締役会長CEO・吉田忠裕
顧客ニーズに合わせるだけでなく、 現場発でみずからニーズをつくる ― YKK代表取締役会長CEO・吉田忠裕
2015年10月13日・14日、“マーケティングの神様”と称されるフィリップ・コトラー氏が中心となり、「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2015」が東京で開催される。昨年に続きサミットに登壇するYKK代表取締役会長CEO・吉田忠裕氏は、米国留学時代からコトラー氏の薫陶を受けている人物である。吉田氏は、いかにしてYKKをグローバル企業へと成長させたのか。インタビュー後編。(写真/鈴木愛子)
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(http://www.dhbr.net)
会社を知るには、現場を見て、現場の人間と話す
御社はいくつものグループ会社を抱えていますが、吉田さんのメッセージをどのように浸透させているのでしょうか。
吉田忠裕(以下略)?実は、8月中旬に引っ越し、新社屋では、これまで分散していたグループの社員が一堂に会します。
?同じグループでも、会社や事業所が異なるとコーポレート・カルチャーが違ってくるものです。たとえば、外国のお客さまに対応する事業所では、あちこちで外国語が飛び交っています。また、女性も非常に多い。一方、本社の経理・財務部門は、外国語どころか日本語も話さずに黙々とデスクに向かっています。さらに、建材を扱う現場仕事が中心の社員もいる。
?それらが一堂に会したらどうなるか。新社屋ではいろいろな問題が起こることでしょうね(笑)。
異なるカルチャーが交わることによる衝突を防ぐための対策は立てていますか。
?いえ、まったく立てていません。それよりも、どのような現象が起こるかを見届けたいと思っています。当然、衝突は起こると思いますが、それをよい方向に向かわせたい。
?多様な人間が一つの組織で働くためには、日常生活のなかに刺激と緊張感が必要です。たとえば、当社では昔から、社員食堂は給食センターに委託せず、社員がチーフになり、管理栄養士も入れながらメニューを考え、料理人を採用してすべてを自前でつくります。
?私も社員たちと一緒に食べますが、チーフとは約束事があります。それは、おいしくないとわざと残すことです。私は量も食べますし、好き嫌いもありませんが、おいしくないときはそれをメッセージにしています。昼食一つ取っても、そうしたルールがあることで、互いの日常に刺激や緊張感が生まれますよね。そこが狙いなのです。
?新社屋では、上の2つの階にYKK、下の2つにYKK APが入居します。私の意向で、事務所フロアはすべて緩い階段でつなげて、エレーベータに乗らずに行き来できるようにしました。両方の会社に、歩いてすぐに行けるようにしています。
?それぞれの会社の社長は階段から一番遠いところに席を置いている。私がフロアに入ったとしても、すぐに顔を会わさずにすむようにしたのかと勘ぐっていますが(笑)、私はこれを歓迎しています。社長に用があるときは社員の机の間を縫って歩くことになるからです。それによって、社員と会話をする機会が増える。もともと社員とはよく話すほうですが、これまで以上にコミュニケーションが図れると期待しています。
?当社でも肩書き上のヒエラルキーはあるものの、私はそれをなくそうと努めてきました。まだ上のほうは残っていますが、下にいくほどなくなっています。若い人が強いので、上司はよく突き上げられていますよ。私に対しても、若い人はよく話をしてくれます。
吉田さんが現場とコミュニケーションを図ることで、本質的な問題点や改善すべきことに気づかれたりする機会が増えるということですね。
?格好よく言えばそうですが、実際は「昨日、何食べた?」という程度の話が多い。ただ、それもコミュニケーションには違いありません。会社がいまどう動いているかを知るには、現場を見て、現場の人間と話すことが最も確実です。
?上下関係のない議論をすべきであるという考えは、当社の社風でもあります。昔の取締役会は典型例ですね。先代の吉田忠雄は、ただ会議をやるだけではもったいない、議論のプロセスこそが勉強になるのだから、新入社員も労働組合もすべて参加させてしまえと、工場の全員を集めて会議のようなことをやっていました。
?朝から始めて、そのまま夕方まで。時間がたっぷりあるから議論が弾む、弾む(笑)。まるで格闘技のような激しい議論になることもありました。
?また、当社は非上場のため、株主総会のやり方も独特です。
?まず、YKKの株主総会の前に海外の株主総会を全部やります。当社は世界6極経営を行っていて、日本を除くと5極です。71の国や地域で事業展開するなかで、海外には87社がある。すべての株主総会に参加するわけにはいきませんので、極ごとに選出した会社の代表を集めて、事前に一人ずつ話し合う。問題のやり取りをして指示を出し、彼らはそれぞれの国に戻って、正式な株主総会をやるという手順をとっています。
?これは会長である私の仕事です。2週間で北中米、南米、ヨーロッパ・中近東・アフリカの3極を一気にやってしまう。アトランタに行き、サンパウロに飛び、ロンドンに向かい、それから日本に帰ってきます。その後、中国とシンガポールに行き、海外は終わりです。
?帰国してから国内会社の株主総会をやりますが、YKKの筆頭株主は社員持ち株会です。そのため、社員を株主としても尊重しなければなりません。持ち株会には1万3000人ほどのメンバーがおり、工場などの事業所は日本中に分散しているので、役員が手分けして出向き、現場の株主に業績を説明して話し合います。そこでは質問が山ほど出ますよ。
形式的ではない株主総会の実現は、とても健全な形だと思います。
?そうですね。ただ、実際には株主総会とは関係のない話も多いのですが、それはそれで意味があるとも思っています。
?数年前、ある工場の社員が、「会長、私はこれまで一生懸命仕事をしてきました。同じキャリアの同僚のほうが早く出世するのはなぜですか」という質問もありました。そうかと思えば、「会長、私は今度、ライン長になりました。隣のラインには絶対に負けません」という意見もある。
?上場企業の総会からすると違和感もあると思いますが(笑)、健全な意見交換ですよね。我々は、現場でモノをつくっている社員を本当に大事にしていると自負しています。
みずからニーズをつくれなければ、時代に取り残される
個人を大切にする施策として、特徴的な取り組みはありますか。
?それぞれの個性や能力を尊重していることも当社の特徴だと思っています。ファッションデザイナーにしても、人のデザインを真似しようなどという発想を持っている人間は、優秀なデザイナーになれません。さらには、そうした人材の芽を育てる取り組みにも力を入れています。
?たとえば、デザイン学校に働きかけて、「ファスニング・アワード」という学生のデザインコンペを毎年主催しています。ファスナーやスナップ・ボタンといったファスニング商品を使ったファッションやグッズを学生たちにデザインをしてもらうもので、今年で15回目です。学生から「こんなファスナーはつくれないか」という要望もあり、ビジネスの世界では見られないユニークなアイデアや要求が出てきます。
?このコンペには、毎年、デザイン画で約6000点の応募があります。そのうち30点を選び、東京、大阪でファッションショーを開催する。入選作には、ファスナーなどの材料を無償提供して作品を形にしてもらうのです。レベルもだんだん高くなり、入選作のなかには、外を歩けないような奇抜な服もあれば、プロも驚くような斬新なものも出てきます。日本ではかなり大きな組織でやっていますし、いまはヨーロッパでも開催しています。
?若い才能を後押しすることは、単なる社会貢献ではありません。人を育てるということもありますが、現場に流れる最新の感覚を知るうえでも大きな意味があると思っています。
顧客のニーズに合わせるだけではなく、ニーズをつくるための下地となるわけですね。
?いまの時代、ニーズに合わせるなどと言っていたら、変化に対応することはできません。それくらい時代の変化は早くなっています。ただ、コンサーバティブな分野を追求し続ける人もおり、それはそれで大事にしていかなければなりません。
?前回もお話ししましたが、私は「安定」という言葉が大嫌いです。いまも当社が不十分なところばかりが気になっており、経営者としての満足感は一切ありません。経営者が現状に満足しているようでは、その企業は絶対に続かないと思っています。
前偏:常に新しい“何か”を提供できなければ、トップを走り続けることなどできない
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(http://www.dhbr.net)