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【DHBR】常に新しい“何か”を提供できなければ、トップを走り続けることなどできない ―YKK代表取締役会長CEO・吉田忠裕

DIAMOND ハーバードビジネスレビュー

常に新しい“何か”を提供できなければ、トップを走り続けることなどできない?
― YKK代表取締役会長CEO・吉田忠裕

2015年10月13日・14日、“マーケティングの神様”と称されるフィリップ・コトラー氏が中心となり、「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2015」が東京で開催される。昨年に続きサミットに登壇するYKK代表取締役会長CEO・吉田忠裕氏は、米国留学時代からコトラー氏の薫陶を受けている人物である。吉田氏は、いかにしてYKKをグローバル企業へと成長させたのか。インタビューは前後編の全2回。(写真/鈴木愛子)

DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(http://www.dhbr.net

ワン・トゥ・ワンで新しい“何か”をつくり続ける

吉田さんはワン・トゥ・ワン・マーケティングの大切さを語られています。御社は、ファスナーというコモディティ商品をB to Bで販売されており、ワン・トゥ・ワンとは縁遠いと感じますが、その真意はどこにあるのでしょうか。

吉田忠裕(以下略)?当社でワン・トゥ・ワン・マーケティングを実践する必要性を最初に説いたのは、実はフィリップ・コトラーです。

?私は、ケロッグ(ビジネススクール)を卒業して10年くらい経った頃にアドバイザリーボードのメンバーになり、毎年1回、ケロッグを訪れていました。あるとき、「食事でもしようか」とコトラーから声をかけられたことがありました。「珍しいな、どこかのレストランに連れて行ってくれるのかな」と思っていたら、学食の横にある小部屋に連れて行かれたんですね。

?デスクにクロスだけかけてホワイトボードを横に置き、「食べながら話をしよう。隣の食堂から好きなものを取ってきなさい」と言われました。何のことはない、自分が知りたいことのヒアリングだったのです(笑)。

?私が彼の質問に答えていると、「君のところのファスナーはワン・トゥ・ワンでなければダメだと思う」と言われました。「君は、顧客をしっかりとターゲティングして追求してきたのか。最大公約数ではない。顧客が満足感を得るためのサービスや商品をワン・トゥ・ワンでつくれない限り、成功しないぞ」と。

?その後も私をつかまえては、「ワン・トゥ・ワン、ワン・トゥ・ワン」と繰り返されました。そうして私の頭の中にもその考えがしっかりすり込まれ、これは実践しなければいけないと思うようになりました。

御社はこれまで、大規模で安定的な生産体制を築き上げることで、競争優位を確立してきた印象があります。

吉田忠裕(よしだ・ただひろ)
YKK 代表取締役会長CEO
1969年慶應義塾大学法学部卒業、72年ノースウエスタン大学経営大学院(ケロッグ)でMBAを取得。同年、吉田工業(現YKK)に入社。85年副社長、90年にYKKアーキテクチュラルプロダクツ(現YKK AP)社長を兼任、93年YKK代表取締役社長、2011年よりYKK代表取締役会長CEO、YKK AP代表取締役会長CEOに就任。

?たしかに先代の吉田忠雄の時代は、コスト競争力をつけるために大量生産で勝負していました。品質のよいものをできるだけたくさんつくり、コストを下げることを考えていたと思います。それで成功を収めてきたことはたしかです。

?ただ、私たちがファスナーを納めているアパレル企業は、お互いが競合関係にあります。当然、競争相手と同じ商品は使いたくないと思いますよね。高いブランド意識を持って競争している企業ほどその傾向が強く、相手の要望に合致した商品でなければ満足してもらえない。

?顧客の要望はさまざまです。最近では、ファスナーの引き手に自社のロゴを入れてほしい、独特の形状にしてほしいという要求が増えました。その結果、メーカーの数やブランドの数だけ引き手をつくる必要が生まれます。大きなメーカーの場合はデザインの指示もありますが、当社の工場でデザインから手掛けなければならないときもあります。また、自動車のシートなど産業資材的な分野では、分野ごとにファスナーの役割・機能が異なります。

?これらを含めてワン・トゥ・ワンと言うのであれば、当社の商品はすべて双方向型のワン・トゥ・ワンで括れます。コトラーの定義するワン・トゥ・ワンマーケティングとは厳密には異なるかもしれませんが、顧客の多様なニーズに当社が対応するには、当社もワン・トゥ・ワンの発想にならざるを得ないのです。ただし、私が言うワン・トゥ・ワンとはこれに限らず、より高いレベルでの特徴を出したいという意図があります。

?ファスナーは、機能やデザイン、材料などが実に多様です。安ければいい、納期が重要だというお客さまもおり、そのニーズも着実に満たす必要があります。同時に、他社よりもよいものを、他社とは違うものをと望むお客さまに対しては、どこで他社との違いを出すかと考え、相手の要望を聞きながらみずから工夫して、提案する必要があるのです。

?単に顧客の指示を形にするだけではなく、まだ形になっていないニーズを満たす提案をする。私は、それがワン・トゥ・ワンだと考えています。

ファスナーの形状やデザインは、すでにある程度は完成されているようにも思えます。それでも絶えず工夫をしなければならない。

?工夫だらけでなければ、企業は生きていけません。それがスピードなのか、価格なのか、デザインなのかはお客さまによって異なりますが、工夫によってこれまでにない何かを提供できなければ、他社が入り込むチャンスが生まれてしまいます。外部からは悠然とした商売のように見えるかも知れませんが、いつも後ろから追いかけてくる相手を意識しながら、新しい施策をどんどん打ち出しています。

?ただ、そうした施策は私が考えているわけではありません。もちろん、そのなかのいくつかは私が考えたものもありますが、基本的には社員全員で考えています。なかでもお客さまと直接的な接点を持つ部門は常に相手にミートしなければならない。彼らは特に、ワン・トゥ・ワンを強く意識する必要があると思っています。

?外からは見えにくいものですが、お客さまからはものすごい数の要求をいただきます。そのため、ファスナーの色だけでも1万色を用意しています。細かなニーズにミートしようと思えば、やはりワン・トゥ・ワンで新しい“何か”をつくり上げないと納得してもらえません。

同じように見えるファストファッションでも企業によって異なる要求をされ、それに逐一応えなければ生き残れない時代ということですね。

?そうです。30年ほど前のファスナーは、“Price must be reasonable, quality must be better, delivery must be yesterday.”の3つがポイントでした。いまも変わらない部分もありますが、現在はお客さまが多様な方向に進歩し、その一つがファストファッションです。

?ご存じの通り、中国が低コストでアパレルの製造を請け負い始めたことで、ヨーロッパの企業もこぞって中国に進出しました。一方で、そうではないつくりをしたいと考える会社もあります。

?彼らは、ファッションが得意なヨーロッパに自社がある強みを活かし、新しいファッションをどんどん発信した。トレンドを素早く取り入れながら、徹底的に低価格の衣料品を短期間に大量生産し、販売するのです。最新のトレンドが発表されると、すぐに同じようなファストファッションが雨後の筍のように出てきます。ファッションのトレンドそのものをめまぐるしく変えるようにもなっていきました。

?すると、消費者もそれに慣れて、ワンシーズンで服を着なくなるように変わる。その結果、製造側も「服なんてワンシーズンもてばいい」という発想になり、そのぶん安くしてほしい、納品のスピードを上げてほしいという要求も出てきました。

?要するに、これまでは価格、品質、納期をシンプルに考えればよかったものが、いまはお客さまの要求にそれらが複雑に入り組んできたのです。その組合せをどう考えればよいか。それに対応するものがワン・トゥ・ワン・マーケティングです。言い換えれば、個別にやっていくしかない時代になった、ということでもあります。

「安定」という言葉が大っ嫌い

時代の変化に合わせて、マーケターもこれまでとは違う能力が求められると思います。どのような能力が必要ですか。

?デザインの原理原則は同じなのかもしれませんが、そのパターンやバリエーションがかなりの勢いで増えています。ましてや、インターネットの時代ですから、世界のどこに飛び火して何が起こるかわからない。それを追いかけるだけでも、かなり大変だと言えます。

?当社のマーケターは、欧米やアジアのトレンドを調べて、これからはこういう色が流行りそうだとなれば、早い段階から準備をしておき、お客さまに提案できるようにしておく必要がある。色のトレンドならまだ単純です。ファッションの場合はいろいろな要素が複雑に絡み合っているので、一筋縄ではいきません。

?世界的に流行するデザインもありますが、デザイナーのなかには「流行なんて関係ない。自分のデザインをつくる」という人も少なくありません。かつては、一つのトレンドが世界中に円のように広がっていくという現象がありましたが、いまはそうした画一化はかなり崩れていると言っていいでしょう。

?その一方で、ビッグブランドやスーパーブランドでは、いまもある程度はデザイナー中心に動いています。当社では、ファスナーを使用いただくイタリアやフランスのブランドとともに、トレンドを追いかけています。たとえば、ハンドバックの金物部分をどうメッキするかなどを共同で研究しています。同じ金色でも青みがかった金もあれば、赤みがかった金もある。彼らとともにトレンドを確認しながら、提供すべき製品を事前に準備しています。

御社はスライドファスナーのグローバルトップブランドとして、非上場で安定的な経営をされているため、そうした積極的な取り組みは意外にも感じます。

「そもそも、私は『安定』という言葉が大嫌いで、社員がそう思うことを最も恐れています」

?いえいえ、安定なんてしていませんよ。そもそも、私は「安定」という言葉が大嫌いで、社員がそう思うことを最も恐れています。安定した経営には決して成長がないというわけではありませんが、安心感と満足感に浸って短期的な安定で喜びを得てしまうと、後続にすぐに追い付かれてしまいます。

?豊かになるほどハングリー感はだんだんと小さくなっていくものですが、頭を使って知恵を絞り、競争には勝ち続けられるように社員の意識をあおり立てておく。経営者とは、それをやらなければいけない存在だと思っています。

吉田さんのそうした競争意識は、米国留学時代に培われたものですか。

?そうですね。教えるほうも、また教わるほうも、卒業して本当の意味で競争の最前線に立つことを前提にしているため、競争原理は叩き込まれました。

?もちろん、米国の考え方ややり方がすべて正しいかはわかりません。いまや、米国も安泰ではないでしょう。ただ、米国のビジネススクール自体が競争社会の中に置かれているので、彼ら自身の競争に対して敏感なのは確かです。安心感を持てなんて絶対に教えてくれません。

?幸い、我々は世界中に足を踏み入れることでいろいろな刺激を受け、叱られたり、文句を言われたり、競争に負けて悔しい思いをしながら、そうした経験を積み重ねてきました。会社としてのそうした経験をともにしており、それが自然と染み込んでいると思います。

 

後編:顧客ニーズに合わせるだけでなく、 現場発でみずからニーズをつくる

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