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【WMSJ × KCJ】「マーケティングで世界をより良くする」ために考えるべきこと

KCJ

「マーケティングで世界をより良くする」ために考えるべきこと
マカイラ株式会社 代表 藤井 宏一郎

ケロッグ・クラブ・オブ・ジャパン(http://kelloggbiz.jp/club/

 

ワールド・マーケティング・サミットが掲げる「マーケティングで世界をより良くする」の意味を考えたい。マーティングを福祉や環境保護など公共分野に応用する、という「ソーシャル・マーケティング」「公共非営利マーケティング」はもちろんその一部だろうが、まさかそんなニッチテーマのためだけにこれだけ大掛かりなイベントを開催するわけではなかろう。企業は売買で利潤を確保してナンボ、という商売人の本分にたち戻って考えれば、「世界をよりよくする」とは、「人々がモノやサービスを買うことにより生活や人生がより豊かで満たされたものになること」と考えるのが自然だ。この「豊かさ」の定義に、人は生理的・物理的な欲求から始まり次第に心理的・内的充足を求めるようになるという「マズローの欲求5段階説」を掛け合わせれば、古くは産業勃興期の「水道哲学」から始まり、「コーズマーケティング」や社会的価値と共感を目指す「マーケティング3.0」、マズロー最終段階の「自己実現」を目指すコトラー教授の「マーケティング4.0」まで一気につながる。

世界をよりよくするマーケティングが究極的に目指すのが「社会的価値」や「自己実現」であるとするなら、現実の世界では、理想と混乱が交錯する。この10年で一気に押し寄せたデジタル化・ソーシャル化の波は、多くのマーケターのキャリアを翻弄しながら、少しずつだがその方向に近づけていると思える。機能的価値ではどんぐりの背比べになってしまった(つまり「世界をよくする」への貢献度に差がない)商品群を、幻想の尊厳充足・自己実現で塗りたくったまやかしのイメージブランディング(失礼)に、消費者はおさらばを告げようとしている。機能的価値であれ情緒的価値であれ、真の価値があるものは消費者が自分の目で見つけてファンになる。使えない能書きよりも使える知見がほしい。自由の尊厳と自己実現を妨げる押し売りはもう要らない。「インバウンドマーケティング」や「コンテンツマーケティング」はこうした流れだ。また「自分で見つける消費者」の時代には、4Pのうち、売込みを担う「Promotion」に比べ、価値体験の真値の底上げを担う「Product」に相対的に焦点が当たる。この意味で近年の「イノベーション」や「デザイン」の強調、アーカー教授の「サブカテゴリー論」などは時流の必然だろう。究極的には製品開発の主導権を完全に消費者に渡そうとする「メイカーズムーブメント」も意気盛んだ。

一方で、マーケターたちは「自分で見つける消費者」の発見経路や発想経路に巧みに介入する方法を開発し、「自発的に発見することを誘導」するところまで更に踏み込んでいく(「ビッグデータの時代」)。消費者が望むであろう商品を、望むであろう形で、消費者が見つけるであろう場所に先回りして送り込むのだ。このため我々の消費生活(というか人生そのもの)は、今やブラウザーのクッキーやソーシャルメディアアカウント、POSやGPSなどによりウェブの内外でさまざまな監視下にあることは、今さら言揚げするまでもない。おまけに「ニューロマーケティング」のような飛び道具まで現れ、悲観論者がいう「ビッグブラザー」の懸念が現実化しつつあるようにも見える。さらにネット広告のPV至上主義は新しい形のゆがみをメディア業界にもたらし、民主主義の基盤インフラであるジャーナリズムのビジネスモデルを根幹から揺るがしている。このような諸問題に、マーケターである我々はどう対処するのか。どういう立場を取るのか。

折しも改正個人情報保護法が国会で審議中だ。サミットに集うマーケターたちが「よりよい世界」を真剣に考えるなら、素晴らしいモノやサービスで世界を満たすことや、環境・福祉への応用ばかりでなく、マーケティングが消費者の自己決定や言論空間にどのような影響を及ぼすのか、といった「情報社会論」の議論にも、もっと積極的に参戦してもいいのではないかと思う。現在の情報空間の歪みについて、マーケターは明らかに責任の一端を負う。先鋭的なネット企業と消費者団体の間で論争が続く中、この分野で大きくポジティブな未来の画を描いて見せるマーケティング・プロフェッショナルが少ないのは少し寂しい。マーケティングを愛するケロッグの一卒業生として、ケロッグとワールド・マーケティング・サミットがこういうテーマでも貢献が出来たら、「よりよい世の中」を我々はもう一歩引き寄せることになるだろう。そう信じながら、今年のサミットの開催を心待ちにしている。

藤井 宏一郎
マカイラ株式会社 代表
藤井 宏一郎