WORLD MARKETING SUMMIT JAPAN 2014

SUMMARY REPORT

テーマ 8. Improving Japan より良き日本を目指して

高岡浩三(ネスレ日本株式会社 代表取締役社長兼CEO)
𠮷田忠裕(YKK株式会社 代表取締役会長CEO)
魚谷雅彦(株式会社資生堂 代表取締役執行役員社長)
内藤晴夫(エーザイ株式会社 代表執行役CEO)

モデレーター
加治慶光(アクセンチュア株式会社 チーフマーケティングイノベーター)

パネル・ディスカッション

加治: 今日はいろいろなキーワードが出てきましたが、一番多かったのはイノベーションだと思います。皆様が展開されているイノベーションにはいろいろな視点がありました。イノベーションを量産するためにどのような工夫をされていますか。またどのような時にイノベーションが発生するのでしょうか。ヒントを頂けたらと思います。

高岡: 社内でイノベーティブなアイデアとそれを育んでいくカルチャーとして、イノベーション・アワードをつくりました。社員全員がアイデアを出すだけではなく、そ れを自分の仕事の中 で実施してもらう ようにしています。初年度60件、2年目で600件、3年目の去年で1600件と増えてきました。契約社員も派遣社員も全員 参加できます。これをやっていく中で、だんだんとイノベーションに対する 興味が社内の中で 高まってきました。実はこのようなアイデアや行動から ダイヤモンドになる原石を発見するトップの目が非常に重要です。社員全員による アイデアは 1000件を超えて寄せられ、役員レベルで精査しますが、全部意見が違います。少なくとも私が選ぶものと、他の役員が選ぶものとでは全く違います。その下の部課長もそうです。皆がマーケティングの考えを深めていかないと、消費者の問題を解決するようなイノベーションを企業組織として実践できません。このイノベーション・アワードをこれからもやり続けます。そして、もう一つ重要なのが「リーン・スタートアップ」であり、これはアントレプレナーシップの原則であり 、起業時の無駄を徹底的に排除するという考え方 を大企業であっても社内に持とうという事です。それが本当によいのかという、投資家の目を企業のトップ、上層部は求められるということです。この両輪が無いと、本当に成功するイノベーションはなかなか出てこないのではないかと思います。

加治: 成功の目を発見するしくみ は、ここにいる皆さんが会社に持ち帰ると 再現可能なものなのですか。

高岡: それは経験する しかないと思います。どこにも正しい答えは 無いと思うし、もしそれがあるのであればコトラー教授にお聞きしたいと思います。私の経験では、これはやっていって覚えていくものではないのかと思います。

加治: 恐らく高岡社長はいろいろなところに目配りをされているから、気付かれるのではないでしょうか。

高岡: それはどうでしょう 。私は、たまたまマーケティングというものを、若いころから外資系のネスレという会社でたたき込まれてきた人間ですが、他の部署の人であっても、常にマーケティングの意識を持つことで、そういう行動などが芽生えてきます。しかし、それぞれの部署にいるトップもそうでなければ、正しい判断はできないのではないでしょうか。

加治: 魚谷社長は現場を見られるのが重要だとおっしゃっていましたが、いかがでしょうか。

魚谷: 私も食品の業界を多少経験したことがありますが、高岡社長が仰るには、これまでの課題は流通業のところでメインに販売されてこられたということでした。価格など、いろいろな問題があって、消費者の行動も分かってきた中で、ダイレクトなものを始められたと聞きました 。当然、従来の流通は反感を持つというのは、先ほど𠮷田会長の話にもありました。これは一般論でいうと、カニバリが起こるということです。だからやめろという声がでてきます。ですから、私はカニバリを乗り越えることがイノベーションではないかと思います。今、日本の人口動態などを考えた時に、全く新しいものがでてくるのではなく、置き換えが起こったり、古いものを乗り越え新しい価値が出てきています。そういう意味で先ほど勇気と申し上げましたが、 高岡社長、𠮷田会長は経営者としてそれを推進する判断ができる「勇気」がおあり だと思います。「決意」ともとれますが、それが重要ではないかとお二人のお話を聞いていて尚更思いました。

𠮷田: 私は勇気がない方かもしれません。いつも心配します。イノベーションが成功するかしないかは、ある意味でタイミングも重要です。遅かったら意味がありません。それにかかわる皆さんが今こそがそのタイミングだと考え、その微妙なタイミングに乗っていければ、かなりの確率でイノベーションは成功すると思っています。イノベーションのネタは沢山あると思いますが、それをどういうタイミングで、どのように組み立てていくかというのは経営者だけの話でなく、皆にとって大事なのではないかと思います。

内藤: 私たちは顧客の喜怒哀楽を知らなければいけません。皆さん、本当に顧客の喜怒哀楽をご存知ですか。顧客の喜怒哀楽は言葉や文書になっていません。野中郁次郎教授のいうところの暗黙知です。それを知るためには、野中理論によると、「知の創造」の4モード(共同化、表出化、連結化、内面化)のうちの共同化、つまり、顧客とともに時間を過ごすか、あるいは共体験をすることによって皆様方が暗黙知レベルで感じることが重要なのです。その真の喜怒哀楽を知らない限り、イノベーションは起こらないと私は思っています。私たちの会社にとって、お客様は患者様ですが、世界中で患者様のそばに行こうというプロジェクトが700くらい動いています。例えば、小児がんの患者様のそばに行って、そのがんの患者様やご家族の喜怒哀楽を知って、「これをどうする」、「なんとかしたい」という強い動機を持つことで、イノベーティブな発明・発見やビジネスモデルができてくるのではないかと思います。

加治: 発明、イノベーションのネタはお客様のところにあるということですか。

内藤: そうです。顧客の真の気持ちを知らないといけないと思います。

魚谷: 今おっしゃられたように、調査とかグルインとかで表層的に出てきたものと、内藤CEOは「真の」とおっしゃられていましたが、本当のインサイトを見つけるには、そこにかなりの接点を持って、常にいろいろな問題意識を持っていないと発見できないのではないかと思います。

加治: イノベーションによって見つけたものをビジネスにつなげていくには勇気が必要だということと、カニバリ を恐れるなというメッセージを頂きました。カニバリを恐れず、乗り越えるためにはどのようなことを身につければ良いのでしょうか。

高岡: 𠮷田会長の窓のビジネスのお話を伺って思いましたが、カニバリというよりも、誰が一番消費者の近いところにいて、問題を解決できるのかが重要なのだ と思います。昔は窓はフレームとガラスを別々のメーカーが製造し、流通店で組み立て販売していましたが、𠮷田会長の会社はこれを一つにまとめ、「窓」として製造・販売されたとのことでした。これらの会社が、本当に消費者の方を向いていれば、𠮷田会長の会社は勝てなかったのだろうと私は思います。𠮷田会長の会社は、初めての窓の製造メーカーになったということですが、消費者の欲求は、「基本的には家を建てたら壁だと暗い、新鮮な空気も欲しい、だから窓が必要だ」ということです。しかし窓をつくったときに、壁に比べて遮音性はどうなのか、保温性はあるのかなど、そこにいろいろな欲求がでてきます。そのニーズ にこたえられたのがYKK APさんで、他のサッシメーカーは自ずと駆逐されて𠮷田会長の会社がシェアをとり、そこに続く会社が出てきたというのが正しいのではないかと思います。B to Bの会社であろうが、B to Cの会社であろうが、最終的にはお客様の持たれている問題をどう解決してあげるのかということだと思います。

魚谷: その通りだと思います。私は最近、B to Hといっています。Human、Heart、最後は「人」 です。自動車メーカーでも、たとえばトヨタさんなどでは3000社くらいのレイヤー構造になっているそうですが、そのサプライヤーさんのビジネスを伸ばすためにはトヨタさんの車が売れなければならない、トヨタさんの車が売れるためには、シートがいかに快適で素晴らしいかを研究しなければいけません。そういった エンドユーザーやお客様、消費者のことを考えて、いかに新しい価値を提供できるかということは、B to BとかB to Cと関係なく重要なのだと思います。

内藤: とにかく分析的ではダメです。昔、私が慶應義塾大学商学部の学生だった時に、片岡一郎先生から商業学原論で、経営はAの学問であると習いました。皆、Aの理論ということでBは何かと考えていたら、先生は、Aは「エイ、やっちまえ」のAだとおっしゃいました。それ以来、私はAの理論を信じています。あまりにも分析的になると逆張りができないし、人と違うことをやらないと、真のイノベーションは生まれないのではないかと思います。

加治: 内藤社長は、(途上国に35億円分の薬を提供するという計画を発表し)株主総会を乗り越えられたとおっしゃいました。株主を大切にすることは企業にとって大事だと思いますが、そうお考えなのはどうしてでしょうか。

内藤: その活動が当面利益を生まないように見えても、やはりビジネス活動ですから、最終的に株主利益に結びつかないといけません。株主利益というのは、短期のプロフィットだけはありません。配当とか株価に常に配慮して中長期の株主の価値最大化をはかっていかなければいけません。例えばレピュテーショナル・ヴァリューが上がるとか、中長期のマーケット・ビルディングに投資しているとか、そういうロジックに株主は耳を傾け、理解してくれるのだと思います。

加治: もう少し勇気の話を伺いたいと思います。魚谷社長が 資生堂の社長職を受けられたのは勇気のいる判断で 日本の労働力のあり方が根本的に変わっていくかもしれないと思いました。どのような想いが頭をよぎられて、決断された のでしょうか。

魚谷: まさか私がこのようなことになるとは思わなかったという驚きから始まっています。私は、マーケティングや 経営を志してやってきて、グローバル企業につとめた経験も長いのですが、日本の企業が持っている ダイヤモンドのようなものが経営レベルのマーケティングの力をつけて、現場から上がって、海外で活躍できる機会を 作れるに違いない、このことに少しでも 貢献したいという強い気持ちからです。今、LIXILの藤森さんだったり、ベネッセに行かれた 原田さん と、よく話しますが、最後は皆日本のために貢献しなければダメだといっています。もちろん、外資に勤めていることが日本に貢献していないと言っている訳ではありません。しかし、学んだものが何か価値があるのならば、日本に貢献しようという人は結構いて、私もそういうことで、このお仕事お受けしました。

加治: 勇気とか、現場にいる感覚、お客様のそばにいるという態度は日本人的な感覚だと思います。日本人がいろいろなものを受け入れて、それを咀嚼する編集力 についても伺いたいと思います。何故ならば、今日のテーマは「日本を良くする」というテーマですが、この前のセッションが「世界を良くする」というテーマでした。ひょっとすると、我が国が持っている特殊な能力なのかもしれませんが、これが広がることによって、このサミットのテーマである世界がより良くなるということのヒントになるかもしれません。

𠮷田: 私どもの会社のフィロソフィーを海外の社会、お客様が大変気にして下さいます。そして海外の社員はこのフィロソフィーを熱心に勉強してくれています。下手をすると日本人よりも海外の方がこのような動きが激しい状況です。これはYKKに対してということもあるでしょうが、日本的なことを求めているのかもしれません。私はフィロソフィーについて一生懸命話していく中で、実は日本というのはどういう国で、どういうことに価値を置いて、人に対してどういう風に接しようとしているのかを伝えています。私どものビジネスはB to Bが基本ですが、相手のお客様が伸びていかないと、我々のビジネスも伸びません。そういう意味ではお客様のビジネスが何とか伸びるように、one to oneマーケティングの考えで、一生懸命お尽くししています。そして伸びたら我々も伸びると考えています。何故そこまでやるのかといわれた時に、実はベースにあるフィロソフィーがあって、それはこうだからと説明すると、理解して頂けるのです。

高岡: 先ほど外資系という話が出ましたが、ネスレの社員は99%日本人です。ネスレ日本はグローバル、特に先進国の中では断トツの業績です。そしてイノベーションは日本からと言われています。ですから、日本人はイノベーションを生み出せない民族ではない と思います。今、𠮷田会長のお話を伺いながらそうだと思ったのですが、やはり日本人は我慢強くあきらめないというのが民族性だと思っています。それは古き良き時代から受け継がれた我々のDNAであろうと思います。そして最後には、お客様の非常に高い満足を求めに行くということで、これはどの時代においても我々が大事にしていかなければならない長所だと思います。

魚谷: 日本人の気質にもつながるとは思いますが、例えば我々のようなメーカーですと、商品の作り込みや、お客さんからの視点など、この業界の人たちを 訪問した時の海外の評価が極めて高かったです。それはディテールに対するこだわり、アテンションやクオリティに対するこだわり、使用感、テキスチャーとか、色々な所に色々な人が関わってそれぞれの想いがあるのは、明らかに強みです。もう一点は、企業文化として、ともすれば組織が硬直的になったりする問題点もあると思いますが、一方で人を大事にしよう、人の力を導き出そうということは海外の人にも受け入れられています。今、資生堂のスペインは物凄く業績が好調です。経済があまり良くないにもかかわらず、現地のスペイン人の社長に、もっと資生堂ファミリーというコンセプトを強めるべきだといわれました。私たちがグローバル化をする上で忘れがちな強さなどをもう一度考え直した方が良いのではないかと思います。

内藤: 私は日本人がグローバルで特に優れたものに恵まれているとは思いません。やはり𠮷田会長がおっしゃられていたように、世界で通用するフィロソフィーとかコンセプトを打ち立て、その実践が、day to dayのビジネスで行われていることを示し続けていくということが日本を良くし、ひいては世界を良くすることになるのではないかと思います。

加治: 日本で一番雇用を生んでいる外資系企業はどこだかご存じでしょうか。日産自動車です。 このようなこと考えたときに、企業の国籍は、あまり関係ないのかもしれないと思いました。では、最後の質問です。ショーマンシップということを魚谷社長がおっしゃられましたが、我が国がより世界にアピールして理解を深めてもらうためには、我々に何が欠けていて、何が必要なのでしょうか。

内藤: やはりグローバルで起きている問題の解決に私たちがどれだけ貢献できるかに尽きると思います。そのドメインが、伝統的なドメインではなくて、もっと広くパブリック、ソーシャルなドメインに対して、いかに我々が問題解決できるかを示す、これに尽きると思います。

魚谷: 先ほどB to Hと申しました。これはお客さまに対しても会社に対しても同じですが、皆人間でheart、humanですから、ハートに届くコミュニケーション、そしてその力だと思います。教育論までさかのぼって議論すると時間がかかるのですが、日本人と 海外の人とのコミュニケーションや、エンゲージメントが上手くいかないことがあります。その事に対しては、自分たちでトレーニングして鍛える必要があり、熱い想いを伝えるのは、お客さまに対しても社員に対しても万国共通だと思います。コミュニケーション能力を高めるということを、勇気をもってもっとやるべきだと思います。

𠮷田: 71の国や地域でいろいろな言葉でオペレーションをしていますので、彼らに話してもそのまま通じるところと通じないところがあります。そこで、私たちの商品であるファスナーや窓などをどのような考えで作るのかということを、徹底的に伝えています。今回のキーワードにテクノロジー・オリエンティッド・バリュー・クリエーションを挙げさせて頂きましたが、技術に裏付けられた価値の創造を推進し、今に満足しないで次に、また次に、というように、追求していくことで何か通じるものが出てきます。言葉だけではなかなか連帯感が生まれませんので、ある目標に向かって走る努力を見せ合うことを今のステージではやっているつもりです。

高岡: ショーマンシップは最後にはマーケティングにつながってくる気がしています。日本は世界の先進国の中で最も早く人口が減少していきます。移民を受け入れていないことが一因です。高齢化も世界で一番進んでいます。その意味で国内だけを見れば経済は縮小していくと、我々も捉えざるを得ません。私は4年前にCEOを任された時に、このようなマーケットでも成長できるということを世界に示すことができれば、世界に対してショーマンシップの役割を果たすことができるのではないかと考えて引受けました。最終的には高齢化社会で人口が減っている中でも、変化する消費者の生活 の問題点を捉えて、それを解決する価値を生むことができれば、この国でも10年、20年、利益のある成長を果たせると思います。外資系であろうが日系であろうが、私が大切だと思うのは、稼いで税金を払うことだと思います。ネスレは外資系であっても税金を払っています。大手企業であっても半分は税金を払っていないとか、3分の1しか税金を払っていないという状況は日本の将来にとって決して良くないことだと思います。そのために、我々はここで集まってマーケティングを勉強して、頑張りませんかということを伝えたいと思います。

加治: マーケティングを通じてこの世の中をより良い場所にということで、本日は勇気を持つこと、お客様の喜怒哀楽を深く理解すること、イノベーションに対する情熱などについてショーマンシップを兼ね備えられた経営者の方々のお話を伺い、我が国の未来が明るいということを確信しました。また我が国の明るい未来をつくることによって世界に貢献できたらと思います。ありがとうございました。

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